デジタル時代の価値提案
本記事にて、『DX デジタルトランスフォーメーション戦略立案書』(デビッド・ロジャース著、笠原栄一訳、以降本書とする。)からの学びをまとめる。
今回は「デジタル時代の価値提案」と題し、本書からの学びをまとめていきたい。
5つのカギとなる領域
「デジタルが変化させている5つの戦略領域」の記事にて、5つの領域の変化を捉えていくことが必要になってきているということを述べた。
その領域というのが、以下の5つであり、CC-DIV(シーシーディブ)と呼ばれている。
- C:Customers 顧客
- C:Competition 競争
- D:Data データ
- I :Innovation 革新
- V:Value 価値
今回はそのうち、最後のワードであるValue 価値について扱う。
価値を再考する
デジタル時代においては、これまであたりまえであった商品が数年後には衰退し、市場が急激に縮退するといった例は少なくない。
顧客の生活にインパクトを与える技術革新が次々と生まれ、10年前のあたりまえは今の時代遅れになっている。
身につける時計はスマートウォッチ、DVDでの動画視聴は動画配信、カメラはデジタルカメラが市場の大半を占めている。
本書においてもCD・レコードから音楽データ配信への移り変わりを紹介し、顧客ニーズの変化を捉えることのできなかった録音音楽業界の例を用いている。
そうしたは時代背景をふまえ、本書が伝えたいことは、「価値を再考する」ということである。
これまで企業の価値提案はほとんど不動のものであるされてきた。しかし、デジタル時代になると、同じ価値提案の実現と提供を続けることでは不十分であると本書は述べている。
以下は、アナログ時代からデジタル時代にかけて価値に対する捉え方がどう変化したかを表した比較表である。
ポイントは、先を見据えて動くということではないかと私は捉えている。
今の好業績に甘んじて行動を起こさなかった場合、新しい技術革新が起きた時に市場が衰退してしまう。そうしたリスクは、常に意識しておかなければならない。
好業績である時にこそ、新しい技術の研究開発や新サービスの開発に投資をすることで、顧客のニーズをキャッチアップし次の時代に備えることができる。この点は、深化と探索という「両利きの経営」の考え方に通ずるものがあると感じている。
常に先読みをして、これからの5年、10年先はどういった社会になるのか、顧客のニーズはどう変化するのか、どんな新技術が生まれているのかを予測し行動をする必要が生じている。
以下、本書から重要な問いかけを引用する。
今日、どんなビジネスも昔ながらの業界慣習を捨て、常に変化する顧客のニーズに合わせて、何をどうやるか決めなければならない。
新しい技術は現行のビジネス・モデルに与える影響という観点で判断するのではなく、次のモデルの創出にどうつなげられるかで判断すべきだ。・・・(中略)。
「なぜ、自分のビジネスが成立しているのか? どのようなニーズのおかげなのか? 時代遅れになっていないか? 実際、本当は何の商売なのか?」
と問い続けなければならない。
縮小市場から抜け出す3ルート
新しいテクノロジーは顧客ニーズを変化させ、代替製品の登場を招き、かつて価値をもたらした製品やサービスを時代遅れなものにする
上記の引用は、技術革新が自社の製品を時代遅れなものにする可能性を示唆する一文である。
実際にこうした事態が起きている中において、自社の製品の価値を風化させないために、どういった選択肢を取る事ができるのだろうか。
本書においては、アンゾフの成長マトリックスを用いて、現在のポジションから抜け出す3つルートを説明している。下記にその3ルートを示す四象限表を示す。
縮小する市場から抜け出す3ルートとは、以下の3ルートのことを表し、そのそれぞれに対し取られるべきアプローチが異なる。
- 新しい顧客開発(既存の価値)
- 新しい価値開発(既存の顧客)
- 新しい価値と新しい顧客の開発(新規価値と新規顧客)
ここからは、これら3ルートを考察していくこととする。
1.新しい顧客開発
1つ目のルートは、既存の製品を買ってくれる新規の顧客を見つけるというものだ。
本書でも、デジタル通信を活用して世界市場に販売できる時代では、あまり有効ではない手かもしれないことは示唆しているが、それでも創造性を発揮すれば、従来から提供してきた価値を、新しい顧客に提供できる可能性は残ってる点を述べている。
モホーク・ファインペーパー社の事例
事例としては、モホーク・ファインペーパー社が取り上げられており、同社はGEやエクソンモービルといった大企業の年次報告書や、光沢氏を使った企業刊行物に適した高級紙の販売で事業を構築してきた。
しかし、時代と共に紙の需要は落ち込み、市場衰退は加速した。
そこで同社の経営陣は、高級紙を使うかもしれない新規顧客として、オンライン・ステーショナリー・サービスを特定し、そこを狙って事業の再構築に取り組んだ。
結果、高級紙に高い対価を支払ってくれる新たな顧客を開発し、旧顧客の喪失が相殺されることとなったという。
2.新しい価値開発
2つ目のルートは、新しい価値開発である。これは、既存の顧客を対象に、新しい価値提案を行うというルートである。
このルートを辿る場合、”顧客のニーズの変化に捉え”的確に対応する必要がある。そうした場合、以下の本書からのメッセージを肝に銘じる必要があるだろう。
価値提案を顧客に合わせて変えていくには、過去に成功をもたらしたものを捨てる覚悟がいる。
過去の成功を忘れ、新しい価値開発のルート歩みにあたり、私が捉えたポイントは、自社のビジョンやミッションに立ち帰るということだ。
以下は、自社のミッションはそのままに、従来の方法に捉われず価値を刷新した事例である。
百科事典ブリタニカ社の事例
百科事典のブリタニカ社は、PC時代以降、印刷された百科事典の売り上げは減少し、新しい顧客に従来型の製品を買わせることでは生き残れないと認識していた。
そうした状況の中、同社は、「専門的時事に基づく知識を社会に届ける」という自社のミッションを維持しながら、提供する価値を刷新しようとした。
CD -ROM版の百科事典や無料オンライン百科事典から始まり、教育者向けのデジタル教材とそれを組み合わせた家庭ユーザー向け有料サイトは成功し、50万の家庭がブリタニカ・オンラインを購読しているという。
3.新しい価値と新しい顧客開発
3つめのルートは、新しい価値と新しい顧客の両方を追求することである。
両方を追求するということは、それだけインパクトが大きいということであり、本書でも以下のように述べている。
これが起きるのは、企業が価値提案を劇的にシフトさせることに成功し、それによって新しい顧客市場を捉えられたときである。
以下は、本書で紹介されているマーベル・コミック社の事例だが、かなりリスクの高い挑戦だと思う。これだけのことを行うのは相当の覚悟が必要だ。
マーベル・コミック社の事例
マーベル・コミック社は、スパイダーマンなどのスーパーヒーローを生んだ、コミック・ブックの元祖であるが、2004年になると将来の不透明性に直面するようになったという。若者はデジタル・メディアに流れ、印刷媒体のコミックスから離れつつあった。
そこで、マーベル社が取った方法とは、価値提案を完全に改変し、コミック・ブックのキャラクターを主人公にした大作映画を制作する映画スタジオを作ることにしたのである。
結果、これが大成功し、マーベル・コミック社は大手映画スタジオに生まれ変わり、更なるシナジーを求めて、ウォルト・ディズニー・カンパニーに買収されることになる。
価値提案を時代に適応させる
以上が、縮小する市場から抜け出す3ルートである。
この3ルートを学び、私が抱いた印象は、時代が変われどもこれまで築いてきた価値は変わらない、価値の見出し方を模索すれば顧客は受け入れてくれる、ということである。
これまでの提供方法が合わなくなっただけで、価値は廃れていないと捉えることで、縮小する市場から抜け出す方法はあるはずだ。
下記の引用は、それを教えてくれた一節である。
結論として、縮小する市場での事業にとってきわめて重要なことは、自社の価値提案を時代に適応させて、顧客に対する新たな関係性を提供することに集中することである。
市場価値の5つのコンセプト
本書では価値提案は、市場に提供する提供物と価値検討に活用できる戦略コンセプトの1つと述べている。
ここからは、価値提案のコンセプトの理解を深めるために、市場価値の5つのコンセプトをまとめていきたい。
市場価値の5つのコンセプトとは以下の5つからなる
- 製品
- 顧客
- 使用事例(ユース・ケース)
- 使用目的(達成すべき仕事)
- 価値提案(バリュー・プロポジション)
本書で、ページを割いて説明しているのが、最後の価値提案(バリュー・プロポジション)ではあるが、全体的に1つずつ紹介する。
製品
1つめは「製品」である。
本書でも市場価値のコンセプトを考える際に、製品は考えやすいコンセプトではあるとしている。
しかし、「製品」をコンセプトに市場価値を考えるのは注意が必要で、製品重視になりすぎると、顧客や提供価値を考えなくなる恐れがあるという。
製品のことばかり考える企業は、顧客のニーズ(たとえば、常に情報を得ていたいというニーズ)に応える事業に従事しているというよりも、特定の製品ライン(例えば、日刊紙)を作ることこそが自らの仕事だと思いがちだ。
上記の引用の通りではあるが、製品を作る事ばかりに意識が向きすぎて、顧客のニーズに応えることを忘れてしまわない用に注意を払わなければならないだろう。
顧客
2つめは「顧客」だ。
顧客が誰で、顧客間の違いはどこにあるかを考えるということは、顧客重視の企業に第一歩であると本書でも述べている。
ただし、顧客の違いを追うときに、統計的な属性やデータ、製品消費に基づき企業が設定した仮想の人格を追いかけ過ぎると、生身の客に実際に語りかけて、ニーズを追求することが疎かになりかねない。その点は注意する必要がある。
使用事例(ユースケース)
本書でも言っているが、ICT業界でソフトウェアを設計する時に、ユースケースを考えることが良くある。広義には、
提供される提供物を顧客がどのような文脈で使うかを説明するもの
としており、
使用事例のコンセプトは、顧客中心でありつつ、文脈に着目することを可能にし、その結果どんな価値を提供するかを考えるようになる
としている。ユースケースを用いれば、顧客がどういったシーンでどのように提供物を利用するか、がわかりやすいため、コンセプトの1つとして用いられているのだと思う。
本書ではユースケースを用いたコンセプト検討は、比較的ポジティブな内容が多く、以下の引用で締めくくられている。
適切に使用事例を活用すれば、顧客セグメンテーションの改善や、顧客の生活の中における製品価値の考察に集中することにつながる。
使用目的(達成するべき仕事)
4つ目は「使用目的」である。このフレームワークで重要なのは、顧客が製品を使う文脈だけではなく、製品を使う目的に着目している点にある。
顧客の「なぜその製品を利用したいか。」に着目することで、顧客中心、価値中心になる。
その使用目的が、達成するべき仕事、としてカッコ書きされているが、詳細についてはあまり本書でも言及がないが、私が想像するに、事業者側の視点に立てば、
- 顧客の使用目的を満たすということ = 達成するべき仕事
となることから、このカッコ書きがあるのだと思われる。
一方で、物事を高い次元で総括し眺められるようにはなるが、具体性に欠けるといったことが起こりうることから、そのバランスは留意する必要がある。
価値提案(バリュー・プロポジション)
最後の5つめが、「価値提案(バリュー・プロポジション)」であり、定義としては以下の通りである。
「企業によって提供される提供物から顧客が受け取ることのできる効用」
価値提案は、顧客価値を構成から複数要素を特定することができるとしており、具体的な価値要素に分解することで、各要素への脅威が評価できるようになる。
ミニバンの例
ここで、本書の価値要素に分解する例として、ミニバンの例を引用する。
例としてミニバンのやるべき仕事を以下であると仮定する。
- 親が子供を安全かつ快適に運ぶこと
この価値提案を実現するには、
- 信頼できる輸送能力
- 広い車内スペース
- 事故時の安全特性
- エアコン、オーディオなどの車内のパーソナライズ
- エンターテイメントのオプション
といった要素に分解することができる。
本書では、更に踏み込んで、価値提案計画(バリュー・プロポジション・ロードマップ)として、1つのツール(価値提案を考える上でのステップをまとめたもの)を提供してくれている。
興味のある方は、実際に本書を手に取り確認頂くと良いと思う。
デジタル経営変革の5領域を学んで
ここまで複数回に渡りデジタル経営変革の5つの領域を学んできた。その締めくくりとして、本書の結論に関する部分をまとめていきたい。
技術というよりは、戦略に関わるもの
5つの領域を考えるにあたり、技術的な内容はあまり言及されておらず、その内容は戦略に関わるものであった。
もはやデジタルは経営戦略と密接に繋がっており、切っても切れない関係になっている。
デジタル分野のリーダーは、伝統的には、既存事業のプロセスの自動化と改善に集中することを任務として担ってきた。しかし今日、デジタル・リーダーには事業そのものを再考し、改革する能力が求められている。
上記引用の通り、これからのデジタル・リーダーは、CC-DIVの視点を取り入れ、より経営に踏み込んだ価値の再考が求められる。
そのためには、企業内のデジタル・リーダーが経営の変革を先導する立場として経営に関われるようにならなければならない。
アナログ時代の顧客行動とデジタル時代の顧客行動や明らかに異なっている。顧客の変化に合わせ、組織の中の思考やプロセスも変えていかなければならない。
本書ではそれを戦略思考性と組織敏捷性の観点から述べているが、以下の引用の戦略思考性であり、後半が組織敏捷性についてだと捉えている。
どのような変革においても、組織としてまったく新しい考え、プロセス、事業、思考方法を開発することができなくてはならない。
同時に、組織を通してこうしたアイデアやプロセスを浸透させることができなくてはならない。
新しい思考をより早く組織に浸透させることが必要で、その実行がこれからのデジタル・リーダーに求められてくる。その実行を支える知識の一つとして、本書のCC-DIVを理解することは非常に有用であるだろう。
デジタル革命は待ったなしである。組織が後手を踏んでいる状況だとしてもデジタル社会は待ってはくれない。
この変化の波に乗り、前に進む勇気が必要である。最後に本書の言葉を引用し、記事を締めたいと思う。
さあ、前に進もう!