データの無形資産化とデータ戦略
本記事にて、『DX デジタルトランスフォーメーション戦略立案書』(デビッド・ロジャース著、笠原栄一訳、以降本書とする。)からの学びをまとめる。
今回は「データの無形資産化とデータ戦略」と題し、本書からの学びをまとめていきたい。
5つのカギとなる領域
「デジタルが変化させている5つの戦略領域」の記事にて、5つの領域の変化を捉えていくことが必要になってきているということを述べた。
その領域というのが、以下の5つであり、CC-DIV(シーシーディブ)と呼ばれている。
- C:Customers 顧客
- C:Competition 競争
- D:Data データ
- I :Innovation 革新
- V:Value 価値
今回はそのうち、データについてのテーマを扱う。
データの価値を見直す
デジタル時代にビジネスを成長させるには、データの意味と重要性についての基本的な前提を変える必要がある。
データの価値を考察するにあたり、まずはじめに上記の本書からの引用を用いたいと思う。
デジタル時代において、データの価値が明らかに一変している。インターネットが普及し、ウェブ上に様々なデータがありふれるようになった。
ビジネスにおいては、様々な業務プロセスがデジタル化されたことで、業務に関連したデータが大量にアウトプットされるようになったことで、業務自体を定量的に分析することも可能となっている。
本書ではそうした時代背景を捉え、データは特許やブランドと同様に無形資産として扱うべきであるとしており、私もその通りだと考える。
以下、アナログ時代とデジタル時代の戦略的前提の変化を本書から引用させて頂きたい。
データは、ビジネス的な意味を持たせないとただのデータのままになってしまう。
企業が取る行動として、まずはデータの価値を見直すことが必要で、企業におけるデータの価値を高める必要がある。データの価値が高まれば、データ戦略を策定する必要性も同時に高まっていくだろう。
データ戦略の5原則
本書ではデータ戦略の策定にあたっては、次に記載する5原則が企業の指針となると述べられている。
さまざまなタイプのデータを収集
どのような企業も、自社のデータ資産を総合的な見地で眺め、異なった目的に役立つ多様なデータを含めておくべきである。
1つ目は収集に関してである。
データを収集しなければ始まらない訳だが、本書においては総合的に多様なデータを集めるべきだといういうことを言っている。
データを意思決定の予測レイヤーとして活用
データを集めるときは、ビジネスのあらゆる側面において、より良いデータに基づく決定をするために、データをどのように使うか考えなければならない。
本書でもデータを集めるだけ集めて意思決定に使わないということは良くないとしており、集めたデータをどういったことに活用するのかについては、しっかり考えるべきであるとしている。
当然といえば当然であるが、考慮すべき事項の一つである。
データを新たな製品の開発に活用
データは、既存の製品サービスのテコ入れだけでなく、新たな製品の開発をイメージし、テストするための”踏み切り板”として使うこともできる。
3つ目の指針の例として、Netflixの事例を本書では取り上げている。
「ハウス・オブ・カード」のというドラマは、ジャンル・俳優・監督など視聴者の好み関する大量のデータを使って作られた。
こうした成功例を参考に、テレビ局ではデータを活用し新たなテレビ番組を作っているようだ。
顧客の言葉ではなく行動に注目せよ
行動データは何より顧客の行動を直接的に計測するものだ。・・・。それは、消費者の意見をまとめた報告書や、取材の中でリサーチャーに対して顧客が語ったどのような言葉より価値がある。
行動のデータというものは、実際に顧客が起こした行動に関するデータであるため信憑性が高い。本書では、行動データは、常に最高のデータだと言っており、顧客の言葉よりも価値があるとさえしている。
その理由として、
人間は自分の行動を忘れがちで、将来の行動を間違って予測することもあり、自らの動機を誤って理解していることもよくあるから
だということを挙げている。
Netflixはいち早くこの事実を把握し、自社のお勧め動画のシステムを、顧客アンケートによるランキングにも基づくものから行動データに基づくものに変更している。
縦割り組織を超えてデータを組み合わせる
データ戦略の最も重要な側面の1つは、これまで別々のものだと思われていたデータ集合を組み合わせ、関係づけたり、考えたりすることだ。
この組織を超えてデータを組み合わせるという指針は、5つの指針の中で最も重要な点ではないかと考えている。
これまでの組織は、自分達の部内のデータというものを、例え同じ企業内といえど他の組織にデータ提供をすることを拒むような姿勢が強かった。
更には、部署内では役に立たないとして放置されているデータもあるだろう。
だが、それらのデータも他のデータと組み合わせることで、非常に価値の高いデータへと生まれ変わることがあることを理解する必要がある。
この点は、組織の風土変革なども求められるような話だが重要な点である。
構造化データと非構造化データ
続いて、本書の中で興味深い内容であったのが、この構造化データと非構造データの話である。
ビッグデータを用いたデータ解析が一般的になってきた現在においては、非構造データからの解析が注目を集められている。
まずは、構造化データと非構造データの違いからまとめていきたい。
構造化データについて
構造化データとは、例えば顧客の住所、製品在庫、さまざまな財務講座の収入や支出のような行と列でできたデータ・ベースを埋めるようなデータ集合のことだ。
構造化データの私のイメージは、My SQLなどのデータ・ベースに登録できるようなデータのことを構造化データと言っているのだと捉えている。
あらかじめ人間の手で行と列に整理されたデータであり、データ化するために整えられているデータのことである。
非構造化データについて
一方で非構造データは、整形されたデータではなく、ソーシャルメディアから取得できるデータであったり、IoTデバイスのようなセンサーから取り出したデータのことを指す。
こうした、データ解析に利用しにくいログのようなデータや、これまでデータとして取得していなかったセンサーからのデータを、ビッグデータ解析技術を用いて、非構造データに価値を持たせることが注目されているのである。
ソーシャルメディアから取れるデータも、センサーから取れるデータも、何らかの行動の上で取れるデータである。
こうしたデータから得られる価値は、加工することに時間を要しても他のデータよりも高い価値を発する可能性があるのだと思う。
顧客データを事業価値に変える
ここからは顧客データに焦点を絞る。
顧客データを見てみると、異なる産業や組織の間で反復的に使われている価値創造のベスト・プラクティスのパターンを発見することができる。
本書では上記のように言っており、顧客データから価値を生むための4つのテンプレートが存在するという。
具体的には以下のテンプレートのことを指す。
4つのテンプレート
- インサイト
- 顧客の心理と行動、そして企業の行動がそれに及ぼす影響を理解する
- ターゲティング
- 誰にリーチするかを理解し、先進的なセグメンテーションを使いながら、対象顧客を絞り込む
- パーソナライゼーション
- 情報検索における適合性と結果を向上させるため、異なる顧客を個別に扱う
- コンテクスト
- 個々の顧客データを大きな母集団のデータとの関係で捉える
これのテンプレートを用いることで、データの新たな価値を発見することができる。
まだ私の中で、筆者が何故「テンプレート」というワードを用いたのか理解しきれていないところがあるが、4つそれぞれに対する押さえるべき観点を中心にまとめていきたい。
インサイト:見えないものを可視化する
これまで見えなかった関係、パターン、影響力を明らかにすることで、顧客データは企業に巨大な価値をもたらす。
インサイトのテンプレートでは、データから顧客がどういった心理でその行動に及んだのかを理解することが求められる。
非構造データから、顧客がとった行動を分析し、顧客の行動パターンを理解することで、
- 顧客は自社製品をどう使っているか?
- 不正や濫用はどこで起きているか?
- 顧客はどうブランドを認知するか?
といった問いを理解するのに用いることができる。
ターゲティング:フィールドを絞る
標的市場を絞り込み、自社のビジネスに最もふさわしい顧客を特定することで、顧客とのあらゆる相互作用を通して得られるデータを、さらに良い結果に導き出すのに役立てることができる。
ターゲティングでは、誰に対してリーチするかを特定するためにデータの価値を見出すと言ったものである。
データを用いることで、これまでより非常に詳細にセグメンテーション(分類分け)することができる。
インターコンチネンタルホテルズ・グループの事例では、ロイヤルティ・プログラムの7100万人のデータを分析し、所得レベル、好みの予約チャネル、報酬ポイントの活用の有無、週末に滞在する傾向の有無などの最大4000の属性データを用いて、顧客グループ(セグメント)に分類しているという。
これらのグループ別にスペシャル・オファーやキャンペーンを案内し、35%ものコンバージョン率(顧客がオファーを受け入れる割合)が上昇したという。
パーソナライゼーション:ニーズに合わせて最適化
マイクロ・セグメントへの顧客ターゲティングができた企業の次のステップは、その顧客のそれぞれが、意味があり価値があると感じられるよう、彼を個別に扱うことだ。
データを分析し、グループ化(セグメンテーション化)することができるということは、さらに突き詰めれば、顧客一人一人を個別に扱うようにもできるということになる。
メッセージング、オファー、価格設定、サービス、製品自体を個々の顧客のニーズに合わせたものにすれば、企業は提供する価値を高めることができる。
このパーソナライゼーションの実現には、様々なデバイスからアクセスしてくる顧客を、いかにして特定するかということが課題になっていた。
だが、「大規模アドレス指定能力」という、多様なプラットフォームを使う同一顧客のアドレサビリティが生まれたおかげで、この問題は解決の方向に向かっているようだ。
コンテクスト:参照の枠組み(基準座標)を提供する
最後はコンテクストである、
コンテクストとは、参照の枠組み(基準座標)を提供し、特定の顧客の行動や結果が、母集団とどう違っているかを説明するものであるが、これによって、企業にも顧客にも新しい価値を生み出すことができる。
このコンテクストの観点は、パーソナライゼーションとは反対で、個々人から取得できるデータを大きい集団、例えば学校、年齢、チーム、団体といったレベルでデータをまとめることで、傾向を掴むといったことに価値を見出すというテンプレートである。
本書の事例では、ナイキの例が取り上げられているが、自身の食生活、運動、心拍数、睡眠パターンと言った生物学的指標を計測することへの関心が高まっている。
そうした個人レベルで計測したデータを他者と比較することで、様々な結果が起こる確率を理解しやすくなり、顧客価値が生まれる。
スポーツ業界や教育業界といった、人に着目した業界においては今後このコンテクストでのデータ価値創出はより重要になってくるものだと考えられる。
データと企業学習
最後に、次のイノベーションへ繋ぐことのできる、データと企業学習について取り上げたい。
データは、企業が学習し革新していく方法をも変える。
実験を絶えず繰り返していくという学習方法は、従来のものとまったく異なるイノベーションに対するアプローチの革新的な部分である。
上記引用の通り、データが容易に取れることになった恩恵として、何か企業が探索行動を起こしたい時において、よりスピーディに結果を計測することができるようになった。
これまでのイノベーションというと、失敗のリスクをある程度受け入れながら、多額の出資をして新規ビジネスを創出するというケースが多かったようだが、昨今においてはより、小規模にスモールスタートで挑戦することが可能となっている。
そのスモールスタートを可能とした理由の一つが、データが取りやすくなったということであり、その事実が企業学習の方法も変えたのである。
アジャイルにも繋がる視点であるが、実験を絶えず繰り返して学習するという方法で、イノベーションに対するアプローチも変化しているという。
次回はそのイノベーション、CC -DIVにおける「I」についてをまとめていきたい。