プロセスエコノミー
今回は尾原 和啓著「プロセスエコノミー」(以降、本書とする)についての学びをまとめる。
概要紹介
昨今、若者世代が求めるモノの変化により、単にプロダクトやサービスといった完成されたものを提供するだけでは満たすことができない。
提供したいプロダクトやサービスに対する思いや考え、そして、完成に至るまでの過程をオープンにすることで、顧客を応援者という形で取り込んでいくことが勝ち筋の一つである、ということを説明してくれているのが、このプロセスエコノミーという一冊である。
最近のミュージシャンやアイドルをこうした手法で成功に導くケースが増えており、NiziUやBE:FIRSTといったグループは、このプロセスエコノミーの好例だろう。
本書では、このプロセスエコノミーが生まれた背景、理由、そしてそのメリットやデメリットなどにも言及してくれている。
現代の状況を捉えた着眼点には学びが多く、最近のこの手のテレビ番組や動画配信が成功している理由が読めばわかるはずだ。
本書からの学び
それでは具体的に、本書からの学びを紹介していく。
「乾けない世代」の求めるもの
現代社会を生きる若者にとっては、自分の生活を全うするために必要な家財や電化製品といったものは、当然身近にあるような状態で生まれてきている。
彼らが普段の生活をするにおいて、何不自由のない暮らしができる状態が当たり前になってきているのが今の若者たちだ。
とすると、若者たちにとっては、当たり前の機能を提供するだけでは、彼らに響かないような状態になってきてしまっている。
その点を説明した箇所を以下に引用したい。
これからの社会では、「役に立つ」ことより、「意味がある」ことのほうが価値があると指摘しました。
つまり、ただの生活必需品のような役立つ商品ではなく、自分らしい人生を生きるうえで特別な意味を与えてくれるものの方が価値が高いということです。
今の若者世代は「乾けない世代」と表現されている。
過去に若者世代の関心を学んだが、「乾けない世代」という言葉も今の世代をうまく捉えた表現だと思う。
幸せの3要素
こうした背景を踏まえ、乾けない世代は何を求めているのかという点を、本書では幸せの3要素から説明している。
アメリカ人心理学者マーティン・セリグマンが唱えた「幸せの5つの軸」というものがあり、
- 「達成」
- 「快楽」
- 「良好な人間関係」
- 「意味合い」
- 「没頭」
の5つである。
本書では、今の「乾けない世代」はこの後者の3つ、「良好な人間関係」、「意味合い」、「没頭」に幸せの価値を置いているとしている。
その理由は以下の通りだ。
「乾けない世代」は、「ないものがない」社会で育ったので、達成や快楽を満たすということに重きを置いてはいません。・・・。
物質的なモノより内面的なコトに価値を感じる。ある意味、ぜいたくになったという言い方もできるかもしれません。
必然的に消費においても、欲を満たしたい、他人が羨むようなものが欲しいというような価値観ではなく、自分が心から好きだと思えるものが欲しい、その企業のビジョンや生産者の生き方に共感できるものを買いたいといった想いをもっています。
この引用はまさに今の子供達の感性をうまく言い表している考えだと思っている。
非常に小さくかつ身近な例を取るが、私の次男などは典型的という言っても良いくらい、「乾けない世代」に当てはまる行動をとることが多い。
誕生日プレゼントは何が良いか聞いても、ゲームソフトやおもちゃはいらず、思い出に残ったホテルで一泊過ごしたいというのである。行けないのであれば、プレゼントはいらないと言うくらいである。
私の世代から考えると考えにくいが、自分に価値が感じられなければ必要ないという点は、まさに「乾けない世代」の特徴を表した行動だと思う。
今の小中学生が大人になる頃には、この傾向はより顕著に表れるかもしれない。
共感を得るためのメカニズム
「乾けない世代」の求めるところ(Why)がわかると、どうやってそうした価値を提供できるか(How)を考えたくなるものだが、本書では、その点についても答えてくれている。
その一つが「共感を得るためのメカニズム」だ。
その説明として興味深かった点をいくつか紹介したい。
「Me We Now」理論
この「Me We Now」理論は、堀江貴文さんが名付けた理論であると本書で紹介しているが、共感を得るための考え方としては参考になる考え方である。
「Me We Now」理論としては、以下の骨格を考えて、エピソードを書き足すといった手法となる。
- 「自分の話をして距離を縮める (Me)」
- 「共通点を見出して連帯感を作る (We)」
- 「自分のやりたいことを説明する (Now)」
これまで共感を得るための方法など考えたこともなかったことから、私の中で印象に残った箇所である。
プレゼンテーションや、上司や部下への説明においても、この「Me We Now理論」は用いることができるだろう。
恩恵的感謝と普遍的感謝
本書ではプロセスエコノミーを回すエンジンとなるものは「利他の心」であるとしている。
他の人のために何かをしてあげたいという、利他の精神があるからこそプロセスエコノミーは成り立っている。そのため、「利他の心」に基づくプロセスエコノミーにおいては、以下の普遍的感謝を意識することが重要だ。
感謝には2種類の感謝があり、以下の2種類である。
- 恩恵的感謝(Doing)の感謝
- 誰かに何かをしてもらったり、何かをもらったりするなど所為(Doing)によってする感謝。
- 普遍的感謝(Beingの感謝)
- 感謝の気持ちをいつも感じている心のあり方(Being)。あらゆるものに感謝の気持ちを感じている状態。
上記の定義を踏まえ、以下を引用させて頂きたい。
前者は自分本位で物事を捉えるので、視野が狭くなり、協力者も増えにくい方向にあります。
後者は周囲とのつながりを常に意識し、広い視野で物事を捉えているので、結果的に多くの人の共感を良い、協力者を得やすい。
引用の通り、プロセスエコノミーでは普遍的感謝を常に忘れず行動することが、より顧客を惹きつけることになるだろう。
今の時代に合うプロセスエコノミー
私は本書を読みながら、プロセスエコノミーという考え方は、今の時代にあった考え方なのだろうと思うようになってきた。
あらゆるものがネットワークで繋がる時代である。モノを買うにしてもサービスの提供を受けるにしても、事前に情報を収集したり、他の方の評価などを確認してから購入する(、もしくは提供を受ける)ことが当然の行動になっている。
そうした場合、商材自体の魅力も必要であるが、いかにして顧客を惹きつけることができるかが重要な要素となる。
正解主義から修正主義へ
「正解主義から修正主義へ」という言葉は、元リクルートの藤原和博さんが、お話された言葉である。
この考え方はアジャイルの思想に類似しており、ICT業界に従事する方にはわかりやすいかもしれない。
VUCAと呼ばれる時代で、正解が無い世の中だからこそ、世に出したプロダクトやサービスがすぐに受け入れられるとは限らない。
アジャイルでは、リリース後の反応を敏感に捉え、スピードを上げて修正や更新を繰り返すことに着目されている。
一方のプロセスエコノミーでは、リリースするプロダクトやサービスのプロセスを公開することで、そのプロダクトやサービスに関する理解を深めてもらい、その反応からより良いものを提供するという点に着目をしていると、私は理解した。
そうした背景を踏まえ、「正解主義から修正主義へ」という言葉に集約されて表されているのだとすると、実にわかりやすい表現で表をなされていると感じる。
まとめとして、以下に引用を紹介させて頂きたい。
プロセスをブラックボックスにして、完璧な状態のアウトプットを世に出すのが従来の常識だったので、学校教育的な正解主義にとらわれている人の目には、きっと「プロセスエコノミーなんて邪道だ」と映るのでしょう。
しかしプロセスを公開し、反応を見ながら変えていくことは激動の時代には邪道でも何でもありません。途中で方針を変更することを前提とした修正主義こそ、決められた正解のない時代の歩き方なのです。
「Why」の重要性と3つのポイント
では、多数の人々がプロセスを開示するようになっていったとしたら、何をもって差別化を図るのであろうか。
プロセスエコノミーにおいて、できあがるプロダクトやサービスのアウトプットが同じであれば、その工程が極端に変わる訳ではないという点を理解する必要がある。
そして、それを考える上で重要なのが「Why」であり、プロダクトやサービス提供者の思いであることを忘れてはいけない。
「Why」を顧客に伝えることがプロセスエコノミーでも必要であり、その上で過程であるプロセスを顧客と一緒に追い続けることによって、顧客との関係がより強固になるのである。
余談であるが、本書の中でもサイモン・シネック氏のTEDプレゼンテーションが紹介されている。
過去、パーパス経営を学ぶにあたっても、サイモン・シネック氏のプレゼンテーションは紹介をしたことがあるが、どちらにおいてもにおいても、「Why」を突き詰めることの大切さに変わりはないのだと思う。
参考までに当時の記事のリンクを貼っておくこととする。
加えて、もう一つ学びとして紹介したいのが、「Why」の3つのポイントである。
そのポイントとは以下の3つである。
- マイクロ・インタレスト(自分ならではのこだわり)
- コミットメント(やりきる責任感)
- 弱さの自己開示(ちょっとした失敗)
楽天でよく売れる店舗では、上記の3つのポイントがうまく顧客に伝わっているらしい。本書では「Why」を解像度高く要素分解したものとして紹介されている。
こちらも興味深い内容であったので、学びとして残しておきたい。
2種類の共感
最後に2種類の共感についてまとめたいと思う。
「共感」にはシンパシー(Sympathy)とコンパッション(Compassion)の2種類がある。
シンパシーの共感は、「同調」や「同情」的な意味合いが強く、困った人がいると救いの手を差し伸べてあげたくなるような「共感」を意味しているのだと捉えている。
本書では仕入れすぎたおにぎりを同情で買ってあげるエピソードが紹介されているが、こうした例をTwitterなどで見かけたことがあるかもしれない。
そして、コンパッションの共感は、「あなたに考えや信念を理解し、共にする」という意味合いが強いようだ。
私が一番に思い浮かんだのは、ワンピースの「麦わらの一味」である。
彼らのルフィを海賊王にしたいという強い思いは、まさにコンパッションそのものだろう。
コンパッションに関しては、以下のように本書では述べられている。
「たとえ自分の身を焦がしてでも、この目的を実現したい」。そういう人が歩いていると、「私も一緒に歩きます」と言ってプロセスを伴奏してくれる人が現れます。この共感は、永続的なものです。
自分のWhyが伝わりコンパッションが相手に届けば、一緒に道を歩いてくれる人がついてきてくれるということだろう。
一生懸命夢を追いかけている若者達を応援したくなる気持ちは、私にも理解できる。
プロセスエコノミーで示すプロセスは、プロセス自体を見せてどういった工程でプロダクトやサービスが作られるかを見せるという点もある。
しかしそれだけでなく、プロセスを開示することを通じて、そこにある思いを相手に示したいということも含まれるのかもしれない。
どちらにおける「共感」でも思いが伝われば、誰かが救いの手を差し伸べてくれる可能性は高くなる。
本書が伝えてくれているのは、どちらが良いということではなく、どちらのタイプの「共感」であるかを認識することが重要だということを伝えてくれている。
どちらが良い悪いではなく、プロセスエコノミーにおいて「共感」こそが大切な要素です。ざっくりと「共感」を扱うのではなく、どのようなタイプの「共感」なのかを認識することが重要です。
所感
内容に入る前に感じた点として挙げたいのが、本の読みやすさである。
万人にわかる文章表現を意識して書かれているのだと思うが、わかりやすい例や言葉を用いて説明してくれていることから、読書に慣れていない人にとっても十分読める一冊だと感じた。
本書では「乾けない世代」と呼ばれているが、YoutubeやTwitterなどのSNSに熟練した若者達が、どういった心理や考えに基づいてそれを求めるのかという点を合理的に説明してくれている一冊である。
加えて学びとしては書かなかったが、プロセスをみせる利点や効果だけでなく、プロセスを開示することに依存しすぎた時の弊害などにも言及していることから、Youtubeなどでの配信に挑戦されたい方は、是非一度本書を読んでみると良いかと思う。